少女がレイプされた。犯人は、通勤電車でいつも出くわすサラリーマンだった。ストーカーになったサラリーマンが帰宅途中の暗い林で、力任せに少女を凌辱したのだ。
少女は身も心も打ちひしがれ、やがてそのサラリーマンに殺意を抱くようになった。
少女はいつも、顔の見えないサラリーマンを夢では殺している。縄で首を締め、ほとばしる血も意に介さず、金属バットで何度も何度もサラリーマンの頭にバットを振り下ろす。気づいたとき少女は布団の中でいつも自分を責める。
しかし少女は、やはりサラリーマンを殺して復讐しようと意を決する。サラリーマンの背広のバッジで会社は分かっていたから、探すのはそう困難ではなかった。
決行の前夜、少女は夢を見た。少女は夢だと分かっていたから、サラリーマンの首を後ろから縄で締めつけ、ぐったりしたところを用意していた金属バットで、血だらけの頭を何度も殴った。夜中目が覚めた少女はまた自分を責める。
決行の日、少女は金属バットを持って、サラリーマンが会社から帰るのを待った。サラリーマンの退社は、いつも判を押したように午後7時だということは分かっている。
やはり今日も、7時に何事もなかったようにサラリーマンが鞄をさげて回転ドアから吐き出された。少女は暗くなりかけた歩道でサラリーマンの背中を追った。サラリーマンは三々五々の客しかいない電車に乗り、すっかり暗くなった歩道を再び歩く。まだ少女は距離を保っている。
しばらくその距離が続いた。
「やるなら、今だ!」
少女が近づこうとしたとき、今まで見た夢の後の何回もの自責が少女を引き留めた。…また、自分を責めるだけだ。少女はバットを道路に捨て、その場を駆け抜けた。
朝が来た。テレビは、サラリーマンの首を縄で絞めて、金属バットで何度も頭を殴りつけて殺した少女を逮捕したと流した。
レポーターがディテイルをさらに述べていた。
「少女は架空のレイプをでっちあげ、無関係のサラリーマンを何人も殺害。手口は、いつも縄で首をしめてぐったりしたところを、金属バットで何度も殴るという凶悪なものです。少女は、すべて夢の中での出来事だったのに…、とわめくように言っているそうで、弁護士は現在精神鑑定の要求をしていています」
拘置所に来てからの少女の夢は、サラリーマンの近くまで来ると、どうしても殺すことができず駆け抜けるだけのものになっていた(おしまい)。
「絵」は、インプレス社の素材集のものです。