裏切り

 男が保険金殺人を計画した。
 子供もなく、夫婦仲は覚めていた。
 愛人がいるこの男は、世間体を気にして別れてくれない妻が邪魔になったのだ。お金もだが自由がほしかった。
 男はまず、町で妻好みの色男に声をかけ、顔馴染
みになった。男は変装し、絶対に第三者に悟られないように、言葉巧みにたんぼの中の一軒家の自宅に誘った。一度家で飲もう、ということにしたのだ。
 いつも家にいる妻には、会社の仲間だから、と事前に電話をかけ断れないようにしておいた。男が玄関をくぐると、珍しく妻が迎えに出ていた。男は電話で客を連れて帰る、と言っておいたので、見栄っ張りの妻はいそいそと対応する。
 やはり、妻の客を見る目は違っている一緒に飲むことになった。妻は光る結婚指輪を右手で自然に隠す。色男を選んでおいてよかった、と男は胸を撫で下ろす。
 客には会社の他の課の同僚だと言うことにして適当に話を合わせてくれ、と言ってある。大企業なので、同僚の名前を知らなくても、妻が不思議がることはなかった。
 酒宴がすすみ、男も客も、酒好きの妻もさすがに酔ってきた。男は客に合図を出し、客は、「酔いを覚ましたいので、冷たい水道水
で顔を洗いたい」と言った。これは男が、妻のへそくりを取るからと頼んでおいたことだ。
 妻は男を洗面所へ案内するために、部屋を出ていった。しかし男は、妻と客のグラスにバルビタール系睡眠薬を入れた。
 すぐに戻ってきた妻と客は、やがてグラスを傾け、客は妻のライターで煙草をくゆらせ、再び妻はつまみをとるのか台所へ立った。
 どのくらいたっただろうか。男の思惑通り、妻と客は少しずれて、眠りに入った。
 男は自分のグラスや箸や皿を丁寧に洗って元に戻した。そして、男は少し離れた台所に、隠しておいたガソリンをまき散らして、空のポリタンクを手に下げた。妻と客に直接かけるのはためらわれた。台所にいつも置いてあるマッチ箱から一本取りだし、炎を放り投げて、まだ真っ暗な闇を足跡がつかないよう慎重に、用意しておいた靴でポリタンクを下げて逃げ出した。
 これで妻が男を引き込んだ際の不注意による火事
に見えるし、警察が男と客人との関係をかぎつけるのは不可能だろう。
 ただ、焼死体から睡眠薬が検出されないか不安だった。もし、そういう方向で、捜査がすすめば、男は逃亡するしかないが、そうでなければ保険金と愛人との自由が手に入る。
 その後、警察鑑識は、性別も分からないほど焼けこげた死体からは睡眠薬を検出することができず、台所が火元の火事による夫婦の焼死事故として処理した。これには男は驚いた。死んだ片方が、自分自身と断定されたからである。死体が焼けすぎて歯形鑑定ができなかったらしい。また、デオキシリボ核酸鑑定(DNA鑑定)をする必要はないと判断したようだ。
 しかし、すぐに出頭していればともかく、今さらなんと言うのか。妻を殺そうとして町から客人を連れてきたとは言えない。
 男は隠れざるを得なかった。口惜しい。
 しかし幸い、計画を打ち明けていた愛人とは暮らせる。男は愛人の元に向かった。
 男は、背を向けてテレビを見ている女の部屋に合い鍵で入った。女は男の気配に気がついた。
「遅かったわね。やっと来たの?ガソリンかけたから、あの客とあんたの女よく焼けたわねぇ」
 薄笑いを浮かべながら振り向いた女は、睡眠薬を台所ですぐ吐いた妻だった。

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