ある超一流の博士が交通事故に遭って瀕死状態になった。彼の研究は、人類にとって非常に有意義で革命的なものだから、死なすわけにはいかない。
医師団が召集され、博士をなんとかして助けようとした。しかし、彼をそのままの身体で死から助け出すことは不可能と結論づけられた。
医師団は、首から下を切断することにした。首から下があっては、折角吸気している酸素が脳に伝わらないからだ。また、身体の損傷がひどいため、感染が脳に転移する危険があるのだ。
椎骨動静脈、頚動静脈は人工心臓、血中濃度・イオン保持ポンプに繋がれて管理され、それが不安定になったときだけ三栓弁から栄養素・ビタミンなどを送り込まれた。
博士が気づいたときは、ベッドの上に寝かされた筒の端に、顔が上を向いた頭が設置されていた。首の下からは布団が掛けられている。博士が意識を取り戻したことを知った医師団は、それまでの本当の過程を博士には知らせなかった。博士の研究を完成させる為だけに生かしたのだから、絶望して研究意欲をそいでもらっては困る。頚随損傷だと偽った医師達は、博士に何人もの助手をつけて研究の指揮をとらせた。
無論隔離された博士の死角では、医師達が生命維持のための機器を筒の中央辺りから、ときどき調整したりした。空腹中枢が残されている博士は食べ物をほしがるが、胃を損傷していると嘘を重ねる。
博士につけた助手達はなかなか優秀で、もう一歩で研究が完成しそうだ。しかし、その一歩が大きいことはみんなも把握していた。
そんなある日、博士の様子がおかしくなった。何もしゃべらず、流涎し、小刻みに振戦さえしている。このままでは脳が死んでしまうかもしれない。
医師達はなりふり構わず布団をはぎ取り筒をのけ、人工心臓などとの接合部や血中Co2・Kイオン・Naイオンなどの濃度を調べ始めた。
「そういうことか」そのとき、ぽつりと博士が放った。
「博士!」医師がびくついた。
博士の芝居だったのだ。博士は真実を知りたかった。
しばらくして博士が言った。
「どうか、楽に…」
医師のひとりが、静かに生命維持機器のスイッチに手を伸ばしたが、誰も止める者はいなかった。
「ありがとう」
博士は悶え苦しみ、博士の研究は永遠に闇に消えた(了)。