記憶


 高校生の少年は小さい頃から、学歴社会の中で育った。今の高校は、塾に通い家庭教師もつけられて、やりたくもない勉強を死ぬ思いでやって入った高校だ。
 少年は弁護士になりたかった。別に、方程式や歴史や古典を学びたいわけではない。しかし、そんな勉強をして有名大学に入るのが、司法試験への近道だとも感じていた。少年は日々仕方なく勉強した。
 そんなある日、「記憶売ります」というホームページをインターネットで見つける。少年は「そんな馬鹿な!」と思いつつ、無料お試しセットに食指を示し取り寄せてしまう。
 そのセットは円周率の暗算であった。セットには「腕時計」が一つと「時計を腕につけて、円周率を言ってみてください」とだけ書かれた「説明書」一枚が入っているだけだった。
 少年はおそるおそる試してみる。嘘ではなかった。次から次へと円周率の文字が浮かんでくるではないか。説明書の裏書きの100桁と合っているようだ。
 少年はパソコンへ飛びついた。
「有名大学コースセット」を買わない手はないと思ったのだ。しかし、高校生の少年には、代金の20万円はいかにも高かった。しかし、一週間のキャンセル期限内に何とかしようと、少年は「購入ボタン」をクリックしてしまう。
 それから一週間、少年はナイフを持ってサラリーマンや学生のかつあげをしたり、盗品を売ったりした。そしてついに、20万円を作ることができた。少年はお金を銀行に振り込んで「有名大学コースセット」を手に入れる。
 セットの腕時計のおかげで、少年の成績は鰻登りに上がった。有名ゼミ試験でも書き間違い以外、不正解になることはなかった。学校関係者は、勉強している風もない少年の不正を疑うが、どうしても証拠をあげることができなかった。
 そして有名大学の試験日が来た。少年は余裕しゃくしゃくで試験場に乗り込む。
 しかし、その有名大学は受験生には直前まで知らせず、その年は記憶中心の試験ではなく、受験生同士の討論を見て合否を判定することにしていた。
 少年は受験に失敗した。
 さらに、刑事が少年を逮捕した。容疑は、窃盗だった。20万円を作るための行為がばれていたのだ。取り調べを受けた少年は、ホームページのことを言うが、それに該当するものはなかった(了)。
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絵はインプレス社の素材集のものです。


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