T.はじめに
脳性麻痺(主に痙直型)をもつ施設利用者であっても、座位と上肢機能がそこそこ獲得できていれば、標準型電動車椅子を操作しての移動が可能である。しかし、一定以上緊張が強かったり、動かそうとすると緊張が強くなる利用者は、手首・肘関節・肩関節・体幹が同時に動くこと(以下、共同運動とする)が多く、標準型コントロールバーを動かすことが難しい。
このような場合、危険性を考慮して電動車椅子を断念することが多く、移動面でのADL能力やQOLが奪われがちだった。
そこで、単なるゴムバンド(以下、簡易補助具とする)の装着によりコントロールバーを動かすことが、割合簡単に何人かの利用者で可能になったと判断したので、症例を交えながら発表する。
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図2 簡易補助具の装着法 |
図2がSUZUKI−MC14型の電動車 椅子にそのゴムベルトを取り付けた写真である。ループ状にしたゴムベルトを、本体の前後バーから体幹ベルトを通して腕へ持っていくのみであり、仕組みそのものは簡単である。 ゴムベルトの上肢への装着位置は、『手と肘の間』であり、ベルトの張力・利用者の上肢の特徴により変化させる必要があると思われる。 |
V.(症例1)
この簡易補助具を適用した症例1は、一種一級の66歳の痙直型脳性麻痺の女性利用者である。知能正常、四肢には軽度の可動域制限、体幹には無視できない右凸の側弯があり、座位で両上肢の屈曲傾向が強い。日常生活は全介助状態である。標準型電動車椅子は、上肢の共同運動のために運転制御不能である。
具体的には簡易補助具をつけずに操作しようとした場合には、前進操作の時は図3−1、後退の時は図3−2のように、上肢がコントロールバから反れてしまう。
その状態を本簡易補助具の張力で調整してみた。
この利用者の場合、図3−1、同3−2のように上肢がなってしまう原因には、右凸の側弯による体幹の回旋が含まれていることも考慮にいれなければならないが、コントローラーボックスの位置を動かしたことで、体幹の側弯による操作への影響は相殺されると考える。
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平成8年6月から、図4のように、肘と手首のほぼ中央に簡易補助具を装着して、電動車椅子の操作練習を中庭で開始した。 緊張は「精神的なことが影響」することが多いので、最初は車椅子が動くことによって恐怖心が生まれ、停止状態で可能な操作もできないことがあったが、1週間ほどで克服された。その後、屋内移動に移ったが、壁に車椅子が当るという恐怖心から緊張し、操作を難しいものにしていたようだった。そこで、壁に当てたことを、とがめないことはむろんのこと、「施設の建物がリハビリで傷つくのなら、むしろ歓迎すべき事」ということを、何度か言った。それが影響したのか、屋内移動は練習開始から1ヶ月ほどで可能となった。ただ、指先で押すようにして操作するため、連続走行ではなく間欠的な走行になりスピード性に劣っている。 |
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(症例2)
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W.安全の確保
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今回紹介した簡易補助具は、大変仕組みが簡単で、現実的にもすぐに製作取り付けができると思われる。
しかし、日頃から利用すべき脳性麻痺者の共同運動が個別的にどのようなものであるか、どのような要素に影響されているかを観察しておく必要があることを改めて知らされた。観察によって、どの方向へどのくらいの張力で、上肢を導かなくてはならないかを決定できるからである。
症例を通して、共同運動の強弱のみでなく、屈曲パターン・伸展パターンのいずれが優位なのかによっても、簡易補助具と上肢の接触点が手首・肘関節のどちらに近い方が良いのか変わってくると分析している(具体的には、屈曲パターンが強い場合は、手首に近い方が操作性が良いようである)。しかし、症例が少ないので、「簡易補装具の張力」「共同運動のレベル」「簡易補助具と上肢の接触点」によってどのように運転が変化するかを具体的に数値化することが、今後の課題と思われる。また、運転中は他の目的のための上肢の動きが阻害されるので、利用者や家族との話し合いと同意が必要であろう。
Y.その他〜電源等スイッチについて
簡易補装具を使用する際、次の事項によって標準型スイッチを変更しなければならない場合があると考えられる。
@指が標準型スイッチに届かない時。
A手首や指の屈筋・伸筋のいずれかの緊張が特に強くて、標準型スイッチを「切るのみ」あるいは「入れるのみ」しか出来なくなる時。
Bコントロールボックスを動かしたため、アームレストとボックスが物理的に近すぎる時。
A)押しボタン式にする。ただ、押しつける力が少し強くなくてはならないことと、垂直にすための適切な取りつけ場所の確保が必要である。簡易補助具をつけている場合には、現実的には押しボタン式は難しいかもしれない。 |
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Z.まとめ
1.主にゴムバンドによって構成される簡易補助具を作成した。
2.この簡易補助具により、短期間で電動車椅子を操作可能になった痙直型脳性麻痺利用者の症例を紹介した。
3.共同運動等の強弱は様々な要素に影響されるので、簡易補助具 の取りつけ位置を調整する必要があると考えられる。
4.利用者と家族の同意が大切な前提である。
5.場合によっては、スイッチの変更やリレー導入が必要である。
□参考文献
1)株式会社ミサワ:ゴムベルト25mm品質表示・説明書
2)水田秋敏:左小指の屈伸のみで操作できる電動車椅子,第24回全国身体障害者施設協議大会冊子,86〜90,1999
3)泉田重雄編:特発性側弯,必修整形外科,246〜248,1986
4)OMRON:リレー(露出形またはプラグイン形)の参考データ、外形寸法
5)パシフィックサプライ株式会社:「組み合わせ豊富なスイッチシステム」 パンフレット,2000